【16話】ピクシー
70 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/10(日) 02:49:01.86 ID:OOuZ+wLN0ピクシーのJラストのヴェルディ戦。
前半終了間際突如スタジアムから音が消えた…本当に唐突だった。
でも誰もきょろきょろしたりしていない、僕らの目はピクシーただ一人に注がれていた。
スタジアムはピッチでボールをける音と選手の叫び声だけが聞こえていた。
スタジアムの時計が45分を指す頃、どこからともなく手拍子が始まった。
手拍子は瞬く間に広がり、ヴェルディサポ側のスタンドからも聞こえて来た。
はじめはバラバラだった手拍子が次第に一つに成っていった。
僕らは震えていた。思いがけぬ感動にただ震えていた。
僕らの後ろに陣取っていた女の子集団は泣き始めた。
隣の男の子は「チクショウチクショウ…」と繰り返し呟いていた。
そしてピクシーがふと足を止めた。
明らかにゴール裏のサポーターに目を送っているのが分かった。
僕らは先日のホーム最終戦で見たピクシーの泪を思い出した。
また、泣くのかい?ピクシー?
ピクシーが立ち止まったのはほんの一瞬だった。
次の瞬間ピクシーは凄い形相でチームメイトに檄を飛ばしていた。
ピクシーは泣かなかった。ただ何度も何度も額の汗を拭っていた。ただ何度も、何度も。
僕にフットボールを教えてくれたのはアーセン・ベンゲルだった。
そして僕はピクシーにサッカーのファンタジーを教えられた。
彼が初めてグランパスに来た時、彼は本当に寂しそうだった。
いつも怒っていた。何時も一人でボールを蹴っていた。
凄い選手だということは知っていたが、なんだか好きにはなれなかった。
そしてベンゲルがやって来た。
ピクシーは相変わらず怒鳴ったりオーバーリアクションで怒りを顕にしていた。
チームはドンドン強くなっていった。選手はドンドン自信を深めていった。
今までのグランパスとは全く違う、本物のフットボールを観せてくれた。
ピクシーはまだ怒っていた。でもそこに寂しさは漂っていなかった。
彼は間違いなく名古屋グランパスエイトのチームメイトとして、仲間を叱咤していた。
彼はもう一人ではなかった。
173 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/10(日) 02:52:44.86 ID:OOuZ+wLN0
グランパスサポは幸せだと思う。
間違いなく、掛け値無しの本物を、ほんの一時期とはいえ観る事が出来たのですから。
ファンタジーの勇者達を、自分のチームとして応援できたのですから。
僕にはこの試合後半の記憶がない。
多分叫んでいたし、ピクシーの姿を目に焼き付けようと必死だったと思う。
でも何も覚えていない。
試合後のセレモニーで確かスーツ姿の小倉が出てきたのは覚えている。あの頃彼はヴェルディの選手だったか?
子供が出てきたことも何となく覚えてる。確か試合は3-1で勝ったと思う。
最後にピクシーはピッチにキスをした。
今では後悔しているのだが、その時僕は泣いていた。セレモニーなんて見ちゃいなかった。
泣きながら7年間を思い出していた。
4人で試合を観に行った筈が、気付くと僕は一人だった。
僕にとってピクシーがこれほど多くの部分を占めているとは思ってもいなかった。
今まで人前で泣いた事なんて数える程度なのに、帰りの電車でも僕は泣いた。
有難うピクシー。
ピクシーは本当に日本にきて幸せだったんだろうか?
僕らの頭にはいつもそのセリフが引っ掛かっていた。
最後にピクシーはチームメイトに担がれてスタジアムを一周していた。
彼は泣いていた。でも最後にゴール裏のサポに挨拶に来た時、彼は無理矢理笑っていた、顔を歪ませて。
掛け値無しの笑顔だった。最高の笑顔だった。
多分それが答えなのだと思った。
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